2005/06
06/30
腰まで伸びたもう一人の少女の髪を。
夏越祓
二日ほど前だったか、朝なのに本当に暑くて横に寝転がることさえ苦痛になったときがあって、ああ夏が来るんだなと思った。
ああそうか、やっぱり二日前だ。その日、某所(mask***.jp)で推薦されていたのを思い出して、下北沢で「ひかりのまち」(浅野いにお/小学館)を購入。でも五分の一ほど読んだところで、これは今読まないほうが良かったかも、などと思い。結果その通りで、びしびしと伝わってくる感情を受け止めることもかなわずにただ沈んだのでした。
今日で半分終わり。何もかもが儚いものです。
06/27
ウエーヴのかかった一人の少女の髪を。
また還ってくる
昨晩ふと馬鹿なことを思い立って、実行してみた。そのおかげで気がつけばこんな時間。遠いけど懐かしい感覚。
試験前に危険な兆候。ただ何かを得られるだけでは十分じゃないんだなぁ。
06/26
……ねえ、何だか楽しそうじゃなかったよね?
早稲田大・お茶大茶会
例によって部員達とお茶会巡り。梅雨にもかかわらず雨が一向に落ちてこないのは、嬉しいやら悲しいやら。
まずは芝公園の増上寺にて早稲田大学茶道研究会の水無月茶会。お客さんが受付にこんなに並んでるのは初めて見たなあと思った後、五月祭を思い出してそれは嘘だと気付く。内容を端的に言えば、灼熱の小間濃茶点前一本勝負。裏千家の席で正客だったのも関係あるかもしれないけど、こんなに汗をかいた席は間違いなく初めて。いつもお世話になってる渉外さんと、しばし歓談。
もう一つは、西葛西の行船公園・源心庵でお茶の水女子大学表千家茶道部の水無月茶会。道具の取り合わせが涼しげで心地よい。適度に広く明るくて清潔な茶室が、お点前の与える印象にとても合っていたと思う。このあたりは流石といったところでしょうか。
しかしまあ、初めて東京に来たときを懐かしく思い出します。東京タワーをこの目で初めて見たときから、もうすぐ4年が経とうとしているんですね。
06/25
だが、何よりも、他人の財産に手を出してはならない。
合同練習会
普段別々に活動している駒場組と本郷組が集まって、羽根木公園で合同練習会。まあ、両方ともよく知っている顔ぶれなわけですが。
どうせなのでということで、桑小卓とか逆勝手とか花月とか。花月の最中、まだお茶を飲んでないのに飲んだつもりになっていたのには参りました。そのおかげで適度な混乱に陥ったのを評価して、あまり深く考えないことにしよう。
あとは森八(金沢)の麩まんじゅう、伊藤天平堂(富山氷見)のかささぎ、両口屋是清のくず焼き。どのお菓子も美味しい or 面白い味で満足。
アフターは意外な方向で夜遅くまで。
06/24
理想の立ち食いは見つかりましたか。
根津美術館「唐物茶入」
途中大学を抜け出して、根津美術館で特別展「唐物茶入」。
勉強にはなりますが、K さんのコメント通り、それほど面白くなかったような。五島美術館の茶碗の展示も少し飽きたけど、今回はその比ではないですね。見たいけど疲れたというよりも、もう見るのもなんだかなあという感じ。隅のほうに置いてある古代中国の青銅器のほうが面白かったかも。
庭園をゆっくり見る時間がなかったのが残念。当然ですがやはり時間があるときに。
大学に戻る途中、ヨックモック青山本店でお買い物。夏のクッキーが美味しそう……。
怒涛の美術館通いもこれで一段落。やれやれ。
06/23
秘技: ほんのすこしまえの冬の日。
東アジア
興味を失っている流れの中に、中国・韓国・北朝鮮の東アジア三国も入っている(台湾を無視しているわけではない)。政治系の話題にあまり近付くつもりは無いので、覚書程度にとどめておくことにする。
昨年の初め頃から歴史(認識)に興味を持ち出して、自分なりにいろいろと調べていた。日本のことを調べていると、必然的に三国のことも調べざるを得ない。その結果、英国で急増している中国人が毛嫌いされていたことや韓国人の米国礼賛をそれなりには理解できるようになったと思う。その後、いいタイミングで例の「作られた」韓流や中国での反日運動があり、流れが見事に分かるのが面白かった。
でも、もうそろそろうんざりしてきた感が否めない。状況が何も変わらなさ過ぎる。日本だって褒められたものではないだろうけど、三国との間の溝は絶望的なまでに深いような気がする。日本人がなんとかして成し遂げた近代化(西洋化)の重さが、今更ながらに感じられる。
東アジアの未来を考えれば、人間の無力さを受け止められずに打ちひしがれるだけに終わってしまう。そろそろ、中国や韓国について情報を積極的に集めるのを止めようかと思う。他にすべきことは山ほどあるわけだし、簡単に言えば、もう考えるのが嫌だ。政治家にはなれないわけです。
韓国については韓流の反作用で情報が溢れているけれど、中国についてはそれほどでもない。そんな中で、昨夏以降中国というものの捉え方を養うときに中心的な存在だったのが、御家人さんの日々是チナヲチ。感謝したい。
最後に、以前見つけた読み物へのリンクを二つ残して終わりにする。いずれも中国についてのもので、結構重要な内容だと思う。
- 林思雲 「中国の民族性から見る中日関係――中国人の“避諱”観念と虚言」 (東瀛小評)
- JOG-Mac No.391 すぐに謝る国、絶対謝らない国 (国際派日本人養成講座)
06/22
手紙のひとつも書いてほしい。
Music Baton
今の日本だと Musical Baton のほうが一般的かな。
世界的に流行りだしたのは5月中旬だそうで。日本は6月に入ってからか。伝播の仕方やローカルルールの派生が面白い。最近は亜種も出てきてますね。
- Total volume of music files on my computer
- 17,700,680,501 bytes
- Song playing right now
- ひとりで生きてゆければ (オフコース)
- The last CD I bought
- わかつきめぐみの宝船ワールド
- Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me
- 選びようが無い
- Five people to whom I'm passing the baton
- 特に指定しない
出光美術館「茶陶の源流 ―和のうつわ誕生―」
午前中、出光美術館で「茶陶の源流 ―和のうつわ誕生―」を見る。もっと茶碗の展示に重点を置いているのかと思っていたので、結構拍子抜け。まあ、展示の言わんとするところの流れはだいたい分かったような気がする。
陶片の資料室もあるし、景色もいい。できれば時間に余裕があるときに来たい所。
06/21
夏のマフラーは涙の味。
とうもろこし
今日はぼんやりな一日で、概ね部屋の中でぼんやりしているだけだった。そんな日に限って出席を取られたらしいけど、まあどうでもいいやと思える程度にぼんやり。雨が降らないから、紫陽花も干乾び気味なのです。
ここしばらくの傾向として、ほぼあらゆる分野で興味が薄れてきているように思う。でもそれは、世界が色を失っているというわけではない。むしろ、色をよりはっきり認識できるようになってきている。さらに見えないところの色まで、ある程度の精度である程度は予想できるぐらいの能力も身についたような気がする。
……ただ、それが興味に結びつかない。色が分かるようになればなるほど、興味は失われていく。それはハイビジョンの時代劇を見て、なんとなく白黒映画のほうが良かったと思うようなものなのかもしれない。いいスピーカーを揃えたところで、ぼろいカーラジカセで聴いた擦り切れたカセットテープには勝てないのも当然なのかもしれない。
分かってる。言いたい事はこんなことじゃないんだ。でも人生は目に見えて有限で、僕達の使う言葉はひどく頼りにならない。そして何より、僕は人間であることをやめられないし、生きている。僕にできることは決してこれだけではないけれど、あの時後悔を減らそうと思った。できることをやるだけでは駄目なんだと分かっていた。もうきっと、考えることを自分から止めることはできないんだろう。
濁った目でも、色の識別に困ることはあまり無い。だから不必要に色眼鏡を怖がる必要なんて無いんだ。もっとも、僕の周りには光源が不足気味のようだけど……。
06/20
昔は平凡が憧れだったよ。……だけど今は、馬鹿になりたい。
明治サンテ・オレ
巣鴨の明治サンテオレが今日で閉店することを嗅ぎつけたので、そもそも名前すら聞いたことが無かったのにもかかわらず覗きに行く。
元祖コロッケバーガーなどを頼みつつ、いろいろ観察。特に寂れているわけでもないけど、繁盛とは言い難いような。食べ物も可もなく不可もなくといったところ(でも M マークよりはましか)。国内勢がまた減ってしまうのは残念だけど、確かにあまり続けても仕方ないのかも。
06/19
でもいつか、彼も気付くだろう……。
大正大 & 学習院大茶会
板橋で近藤勇の墓を見て、大正大学茶道部の校内茶会へ。手作りのお菓子に、竹の茶碗。大学内でもずいぶん人気があるようだ。茶道を通じてしか知らないからかもしれないけれど、やはり一味違った大学だと思う。
原宿まで移動。なるほどすごい街だ……。I & K さんと合流して、明治神宮桃林荘華山亭で学習院大学茶道部の夏季茶会。すごい所にはすごい物があるようで。相変わらずながら、正客になるにはとても勉強が足りない。「純粋な先輩」と茶会に行ったのは、実は初めて。
近頃茶会に行き過ぎているのは誰の目にも明らか。今月だけで、部活動以外に既に十席も入っている。体力的に辛いと感じはするけれど、他に運動らしい運動をしていないのだから、それはかえってちょうど良いのかもしれない。むしろ問題は、精神的な態度だろう。ただ……いや、答えが出ないからこそ問題提起が必要なのか。
そういえば、膝が治ったような気もする。
06/18
はるかな海を越えてくる鳥のように。
創価大茶会
一年会明けに漫画を読み込んでから八王子までのこのこ出かけていって、創価大学日伝研茶道部の緑涼茶会に。
……。なんというか、人という存在の弱さと強さと優しさと残酷さを感じさせられた一日だったと思う。いやもう、本当に空しいものです。
06/16
人々は泣きじゃくるピエロを遠まわしに見つめている。
時計台公開
普段は入れない1号館の時計台が公開されるというので、のそのそと上ってみる。時計台自体は特にどうということは無かったけれど、いつもとは違う視点からキャンパスを眺めるのが単純に面白かった。
1号館といえば、人の多い昼間の1階とは対照的な、夕暮れ時の2階の印象が強い。授業が一通り終わってしまうと、もう2階に人はほとんど残っていない。教室の戸が開け放たれて光の漏れる廊下を歩いていても、少し下には駅に向かう人々が溢れているというのに、不思議なほど何の音も聞こえない。わずかに非常灯が空気を震わせている程度である。世界の残りはその人工的な輝きがかろうじて映し出している不自然な生だけのように思え、立ち止まってしまうと時が止まり二度と動けなくなるのではないかという恐怖に囚われることがあった。
06/15
三四個の体節からなり、著しく伸縮できる。
虎屋文庫「和菓子 素材がいのち」展
赤坂の虎屋に行って、2階のギャラリーで虎屋文庫の展示を見た。決して広くはないスペースに、原材料や和菓子製作に使う道具などの展示。無料なのに、解説の立派な冊子まで配っている。前々から耳にはしていたものの、和三盆糖を作るのはとても大変なようだ。名前だけはよく知っている植物を目の前にすると、自分の生活が大昔から続いてきた日本の自然からいかに乖離しているか、改めて思い知らされる。
1階の店舗で、今回の展覧会に因んだお菓子を少しだけ買った。単価からして格の違いを感じずにはいられないが、入場料だと思えばそんなもののような気もする。明日が和菓子の日だからか、くじを引いて和菓子を模したシールをもらった。
茶道部総会
半年に一度の総会。思ったより長引いたけれど、理不尽な伸び方ではなかったと思う。公には口に出せないこともたくさんあるわけだし……。まあ、問題点は当然のように山積みです。それ自体を問題と捉えるかどうかもひとつの問題だけれど。
一度も席に入らなかった稽古日は久しぶりのような。先週末に崩壊しかけた膝は、回復しているのかどうかさっぱり分からない。
06/12
だってほら、私だって宇宙を作れるわけです。
東京経済大 & 東京女子大茶会
茶道部員が国分寺に集まって、わらわらと東京経済大学茶道研究会のお茶会に。駅すぐの殿ヶ谷戸庭園にある紅葉亭という建物だったのですが、なかなかの環境。その名の通り、秋はさらに凄そうな予感。
その後ごそごそと移動して別の部員と成城学園前へ。駅南東の松花庵で東京女子大学茶道研究会の水無月茶会。ガラス製の棗やほおずきの香合には参りました。しかし一年生で初めての茶会が濃茶って、どこかで見たり聞いたような気がしないでもない。濃茶席の亭主は春ハイクでお喋りした渉外さん。待合に知り合いがいたりして、かなり長居してしまった。
さすがに疲れてきてるので早く寝るぞと思って帰る途中、たまたま寄った和菓子屋でご主人につかまる。物理ときどきお菓子、また物理といった感じで、結局4時間ぐらい話していたような気がする。素粒子論とか、定説すら知りませんってば。8時に閉めるはずの店で10時まで喋っているというのは……。立ちっ放しだったので足が痛すぎる。
06/11
夢の中で謝り続けていた彼の姿が、頭から離れない。
五島美術館 & 畠山記念館
いつか行こうと思っていたのに終了寸前という春の展覧会が多いので、そろそろ動き回ることにする。昨日は学内の博物館。
でも、朝一番で行くつもりが早速寝坊。とりあえず上野毛の五島美術館に行って、「特別展 茶の湯 名碗 ―新たなる江戸の美意識―」。行ってみると、予想外なことに今日明日は庭園のお茶室で呈茶(¥1,000)があるとのこと。ただでさえ寝坊してるのに一席約一時間ということで後の予定に不安を感じるも、折角の機会なので席に入ることにする。
五島美術館庭園には2つの茶室がありますが、今回は「
1時過ぎまで展示を見て、図録片手に移動。大井町線と浅草線で畠山記念館に。白金のあたりを歩くのは初めて。ここは「春季展 季節の茶道具取り合せ」。高松宮喜久子妃殿下の茶碗とか昔の天皇の筆跡とかを眺めてまったり。展示室につくばいがあるのにびっくり。
3時頃まで展示を見る。敷地内は緑が適度に多くていい感じ。ここの茶室はなかなか借りられないでしょうが……。敷石に薄く苔が生えているのか、とても滑りやすいのが印象的でした。周りの工事が騒がしいのはご愛嬌。白金台から、いつものように本郷に。
06/09
世界で二番目に笑えない話。
マンガ(など)から見える現代社会
放課後、某教室で鶴岡法斎さんによる講演(?)「マンガ(など)から見える現代社会」(現代視覚文化研究会主催)を聴く。
題目からはちょっと外れて、このところ漫画業界に変化が訪れているというのが話の中核。絵は上手いがストーリーを書けない漫画家の増加、連載漫画の無理なペース、単行本派の台頭に見られる読者の雑誌離れなどにより、近い将来何らかの変化が起きるだろう。それは業界の退廃を招きかねないような危機ではないが、大変な変動ではあり、上手く波に乗れる人とそうでない人が出てくるに違いないとのこと。
他、出た主な話題。
- 「手塚の呪い」
- 個人作業という幻想
- 絵を書く才能とストーリーを作る才能は違う
- 暇潰し文化としての漫画の凋落
- 2007年問題
- 大衆を相手にするということ
- 日本は大衆文化が力を持つ特殊な国
- 直接興味の無いことも目に入る雑誌的なものの将来は
- 声なき声をいかに取り込めるかが勝負
- 世間に面白さをアピールする能力が無い「オタク」はいずれ袋小路に (SF界の二の舞)
- 「面白い」と「巧い」は違う
- ベタや王道の過小評価
- その他オフレコ少々
小さな教室で、聴衆は二十人弱(実は学生は少なかったのかもしれない)。話し振りや進行は、高くは評価できないといった所。予想より長めだったので、少し辛かった。もはやジャンプを読んでいない自分にあのノリはきついか。
次もあるそうです。
一時凍結
何も見えちゃいない。どうにもこうにもアホ過ぎる。
とりあえずはしばらく何も無しということで。どこまで打算を認め、純粋な心を受け止め、宥め、壊すのか。しかもそれだけでは終わらない。始まりさえしないのだから。
何も知らないほうが幸せで安定だったとしても、目の前の高いバリアはもう越えられない。僕の心はいつの間にこれほど薄汚れてしまったんだろう。そしていつからそれを知っていながら何もしなかったんだろう。
06/06
無理。
大人と子供の狭間で
無理だ。
タイムリミットが目前の買い物を渋谷でするのは心臓に悪い。まあ、喜んでもらえたからいいけど。
終わったあと、大所帯で下北沢へ。どうにも茶道部っぽくない雰囲気で、いろいろあり得ない展開に。でも、いきなり自分を追い詰めてしまうこの性格はどうにかしたほうがいいような気がする。自分ひとりの問題ではないのだから、これからしばらく真面目に考えることにしよう。
結局、介抱して介抱して → 夜明け前に大学まで歩き → SFC → 33:33 帰宅。二日連続が無理なら三日連続でもいいということか。
06/05
先に待つのは拒絶のみと知っていてもなお、おそらく。
春ハイク
ホテルニューオータニの七階まで上がって下りて、庭園でぼけーっとして家に帰る。
午後、池袋に渉外校から人がわさわさ集まって春ハイク。水族館は久しぶりで面白かったけど、逆にあまり話せなかったかもしれない。知っている人もちらほら。
新宿に移動して××して××して帰宅。僕のような未熟者には、二日連続はやはり無理があるようです。
06/04
眠れない夜が来るなんて想像できるはずがなかった。
一橋大茶会 & 五月祭コンパ
H さんと国立にある一橋大のお茶会に。正客なのは仕方ないとして、たばこ盆の扱いも勉強したほうがいい。風格がある校舎を眺めつつ、学園祭の雰囲気を楽しむ。五月祭の代わりかな。
駅で別れてから、本郷に。バケツをひっくり返したような雨をやり過ごしてから渋谷へ移動して、五月祭の打ち上げ。本当にお疲れ様でした。で、どうも声の出にくさが思ったより深刻な模様。
どう表現すべきなのか困るけど、今日はひとつの転換点のような気がする。具体的にどういう結果につながることになるのか、僕にもよく分からない。ただ何か、(非常に個人的な)大きな動きに向かって一歩踏み出してしまったと言ってもいいような気がするだけ。たぶんそれだけなのだけれど。